弘川寺の桜と紅葉の楽しみ方
西行法師永眠の地をさくらのころに訪れたい
西行法師終えんの地として知られる弘川寺は、役行者の開基でその自作といわれる薬師如来像を本尊として、天武朝期に勅願寺となり行基や空海もここで修行したと伝えられています。
西行法師(佐藤義清)は元永元年(1118)に検非違使庁に勤める佐藤康清の嫡男として、紀の国田仲荘で生まれる。
佐藤兵衛尉義清(のりきよ)、その名が示すとおり元は歴とした武士であったが、23歳の時、出家し法名を円位、後に西行と称した。 歌集に「山家集」があり、新古今和歌集には最も多い九十四首が選ばれている。 歌聖西行法師は晩年の文治五年、当寺の座主空寂上人の法徳を慕って来られ、ここに住み 「願はくは花の下にて春死なむその如月の望月の頃」の願い通り文治六年二月十六日、七十三才、弘川寺で入寂されました。
『願わくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ』
665年、役小角によって創建されたと伝えられ、676年にはこの寺で祈雨法が修せられて天武天皇から山寺号が与えられたという。 平安時代の弘仁3年(812年)空海によって中興され、文治4年(1188年)には空寂が後鳥羽天皇の病気平癒を祈願している。翌、文治5年(1189年)には空寂を慕って歌人と知られる西行法師がこの寺を訪れ、この地で没している。 寛正4年(1463年)兵火により焼失したが、江戸時代に入り寛延年間(1747年~1750年)歌僧似雲がこの寺を訪れ、西行堂を建立している。
西行法師の心境を理解するためにはやはり桜が満開の時に来るのがベストでしょうね。
『仏には桜の花を奉れわが後の世を人とぶらはば』
例年の見ごろ:4月上旬~中旬
本数:約1500本
主な種類:ヤマザクラ、ソメイヨシノ、ヤエザクラ、カスミザクラ、シダレザクラ
さくら祭り:4月5日時間:10~15時
隅屋桜(すやさくら)
南朝の忠臣隅屋與市(弘川城主)がこの地で奮戦しこの桜の下で討死したとある。
秋の紅葉は、本坊庭園ならびに弘川寺境内の周辺、奥の桜山で見られる。四季折々の美しさを見せる庭園はとくに素晴らしく、多くの写真愛好家にも愛され続けている。
紅葉の種類 ヤマモミジ,サクラ,コナラ,クヌギ,ドウダンツツジ
■電車=近鉄電車河内長野線「富田林」駅からバス25分「河内」下車徒歩5分。
■車=南阪奈道「太子野」ICから25分
住 所 大阪府南河内郡価軟調大字弘川43
T E L 0721-93-2814
駐車場 100台
高貴寺・磐船神社・近つ飛鳥博物館
周辺に食事ができる施設はなく、弁当持参が賢明。
富田林、河内長野周辺で宿を探すのがよい。
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